映画『ヤクザと家族 The Family』を観て来た

 今日14日はTOHOシネマズデーということで、西宮ガーデンズで映画『ヤクザと家族 The Family』を観て来た。ヤクザ映画を観るのは「孤狼の血」以来。今話題のヤクザ(元ヤクザ?)映画というと、この映画と『すばらしき世界』の2本。となれば役所広司が出てない方を当然選ぶ。役所広司は役者は上手いけど、ヤクザ映画には向いてないと思う。
 ということで、ハンシャ物には出ないと言われる石原プロから舘ひろしを組長役に迎え、映画「新聞記者」の藤井道人監督が撮ったこの映画。主演が松坂桃李でなくて良かった。綾野剛の山本サンは良かったね。なんかなんといえない表情で演技してくれて、観ているこっちは哀しいのにおかしくなる。舘ひろしの柴咲組の組長役も良かった。中華料理屋で豊原功補演じる加藤にタンカを切るも、落ち目の組長の悲哀が出てましたわ。しかし駿河太郎があんなにヤクザ役が似合うとは思わなかった。本作一番の適役。しかし14年の刑期を終えて出所してみれば、かつてのヤクザ映画のように、身内や敵対する組との抗争じゃなく、暴対法や条例に追い詰められているヤクザ稼業。一本気な山本サンは完全な浦島太郎状態。泣く泣くカタギになってみれば、ネットやマル暴に追い詰められる始末。「ヤクザに人権なんてない」と言われてしまえばそれまでだが、それじゃ暴力の再生産になるだけだろ。映画の方もジメジメといじめられる方じゃなく、哀しく破滅的なエンディングを選択。半グレになっちまった磯村勇斗演じる木村の息子と山本の娘がどうなっちゃうのか心配なれど、海の夕景にエンドロール。ん~~、どうなんだろ。冷たくつめたぁく終わった方が良かったんじゃないかしら。評価点は5点満点の4点。マジメにヤクザ稼業に徹する北村有起哉も山本の娘を真面目に大事に育てた尾野真千子も、木村の妻の寺島しのぶも山本の子分細野を演じる市原隼人も好演だったけど、なんか終わり方がなぁ~~。あの300万円で一発逆転のストーリーとかなかったのかしら映画なんだし。

大阪フィルハーモニー交響楽団第545回定期演奏会に行って来た

 大阪フィルハーモニー交響楽団第545回定期演奏会の2月13日(土)午後3時の回を観にフェスティバルホールへ行って来ました。大フィルの定演に行くのは一昨年の第531回以来。昨年はコロナ禍ですっかりご無沙汰してました。来てみると、飲食の売店はやってないのでワイン飲めないし(←緊急事態宣言下なので当たり前)、開演前の恒例の説明会も無いし(←当たり前)、すっかりつまらない開演前のホワイエになっちゃっていました。
 今回の演目は
 ・モーツァルト/ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 K.491
 ・ブルックナー/交響曲 第9番 ニ短調(コールス校訂版)
です。
大フィルでブルックナーの9番が聴けます!ということで今回久々に定演を観に来ました。ピアノ協奏曲のピアニストの方はこのコロナ禍でアンヌ・ケフェレックから北村朋幹に交代しています。指揮は尾高忠明です。
 まずは「モーツァルト/ピアノ協奏曲 第24番」。モーツァルトにしては珍しい短調の曲です。北村朋幹さん、初めて観ます、聴きます。甘いマスクのスラっとしたいでたちで黒いシャツとスーツでキメて、大フィルホームページの「楽屋口での入り待ち、出待ちはご遠慮願います。」の文言も分かります。そしてその雰囲気に違わない優しい演奏でした。ファン多いんでしょうね~~。ピアノソロのアンコールは「ベートーヴェン/6つのバガテル作品126より 第5番ト長調」でこちらも優しい感じの演奏で良かったです。なんか大フィルらしくないっちゃぁらしくない感じでしたね。
 そして休憩を挟んでの「ブルックナー/交響曲 第9番」。いやぁ、美しい演奏で、時々意識が遠のきましたね。隣の女性も時々舟こいでましたし。前から3列目といういい席だったので、ピアノの時は北村氏の運指まできれいに見えて良かったんですが、ブルックナーの9番を聴くには近すぎましたね。意識遠のいた時は崔 文洙の弓さばきで起こされてました。でも、これまで観た定演では一番満足しました。評価点は5点満点の4点。私が寝ないようにしないといけませんな。

京都国立近代美術館「令和2年度第4回コレクション展」を観て来た。

 京都国立近代美術館で「分離派建築会100年 建築は芸術か?」を観た後は「令和2年度第4回コレクション展」を観て来た。いつも阪神間の美術館のコレクション展しか観ていないので、京都の美術館のコレクション展はちょっと新鮮。知らないアーティストもいて、わくわくする。入ってすぐユトリロが3作飾ってあってちょっと嬉しかった。建物の絵で気に入ったのはモンドリアンが日本の街並みを描いたらこんなになるんじゃないかと思った、三輪晁勢《家》、絵葉書風の山岡良文《消費都市》、玉村方久斗《街景(公園より)》。「中村裕太 ツボ_ノ_ナカ_ハ_ナンダロナ?」のコーナーも面白かった。次の焼き物のコーナーでは、魯山人の作品はどれも見事で、他のヒトのでは清水卯一《蓬莱赤土彩魚文扁壺》が気に入った。工芸品のコーナーではサーカスの雰囲気の六代清水六兵衞《磁製煖爐前立》と細工の美しい信田洋《蒸発用湯沸瓶》は持って帰りたくなった。次のコーナーの十亀広太郎という画家は初めて知りました。《朝》と《冬日》が気に入りました。
 評価点は5点満点の4点。こちらのコレクション展もなかなかですな。

「分離派建築会100年 建築は芸術か?」を観て来た。

 京都市京セラ美術館の後は、お向かいの京都国立近代美術館で「分離派建築会100年 建築は芸術か?」を観て来ました。一昨年の日本オーストリア友好150周年でいくつもウイーンに関する美術展が開かれて、私も東京まで出向いて3展一気に見るっていうのをやりましたけど、そういうわけで「分離派」とか「セセッション」とか言われると反応しないわけにはいかない。築地の朝日新聞社屋が出てくるのは予想してました。旧豊多摩監獄が出て来た時、あれ?この前TV「ブラタモリ」で観た網走監獄と似てるなぁ、と思ったら、豊多摩が先に出来てたんですね。あとは山田守のパラボラにはすごく惹かれました。東京中央電信局も聖橋も美しい。まさしく「建築は芸術か?」ですな。この人が第2次大戦を経て、最後には京都タワーを設計するってんだから信じられません。やっぱ、建築は使うヒト、住むヒト、時代のニーズに応じて変わって行かざるを得ないのでしょうなぁ。あと、平和記念東京博覧会の展示を観ていたら、「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」展の万国博覧会の展示やオットー・ヴァーグナーのコーナーを思い出しました。やはり万博のようなイベントは建築も進化させるんでしょうか。2025年の大阪関西万博でも新しい様式の建築物が出てくることを楽しみにしています。
 評価点は5点満点の4点。ネットの学芸員の方々の動画も面白かったし、展示も盛り沢山で良かったです。しかし、分離派建築会設立宣言の朗読をずっと会場に響かせる必要があったんでしょうか?(展示するヒトの気合いは感じましたけど)