離婚した。

結婚したのが1994年12月だから、25年と9ヶ月目のジ・エンド。銀婚式過ぎてから離婚するとは思わなかった。お疲れ様>オレ

映画「TENET」を観て来た。

 今日はTOHOシネマズなんばまで映画「TENET」を観に行ってきた。なんでなんばかというと、IMAXで観たかったから。TOHOシネマズ西宮OSだとMX4Dはあるけど、IMAXが無い。本作は以前からIMAX向けに撮ってるクリストファー・ノーラン監督だし、是非IMAXで観たかったのだ。大阪だと万博公園に日本最大級のIMAXレーザーの109シネマズ 大阪エキスポシティがあるけど、さすがに万博公園まで行くのは、ってのと、IMAXとかMX3Dは料金上乗せで高い。いつもTOHO~で観てるから、ちょうど6本行くと1本無料になるサービスが使えたので、それを使って観て来た。やっぱ画面がデカいね、IMAX。見ごたえあるわ。でも、大画面いっぱいにあの逆回しアクションが展開されると、焦点が絞れずにあちこちに目が行って大変だったわ。なんたって、画面に現れる情報量が多い。クライマックスのスタルスク12での戦闘シーンなんか、赤腕章の順行軍と青腕章の逆行軍、別働で動く主人公とニール、これらと対峙するセイターの一味、同じビルが順行軍の攻撃と逆行軍の攻撃で壊れるシーン、とかしっちゃかめっちゃかの状態が大画面のあちこちに展開する。もう頭パンクしそう。
 一方、大画面でなくても分かりにくいのが、順行と逆行の車が入り乱れるカーチェイスシーン、主人公が逆行モードに入ってから、順行モードの時の不思議が種明かしされていくんだけど、それでも分かりにくい。ニールのストラップとか見落としちゃいけない情報も最初のオペラハウスのシーンから散りばめられてるし、一瞬たりとも息が抜けない。おまけに同じ人物が1つのシーンに順行と逆行でダブって出てくるからセイターとニールと主人公の3人はどっちのヤツなのか注意してないといよいよこんがらかる。
 主人公役のジョン・デビッド・ワシントンってデンゼル・ワシントンの息子なのね、初めて知りました。今後の活躍に期待しますわ。自己犠牲に活きるニール役のロバート・パティンソンもカッコよかった。セイター役のケネス・ブラナーとそのDVに苦しめられる妻キャット役のエリザベス・デビッキは、007の映画をやりたがるクリストファー・ノーランによるいかにも007に出てきそうな悪役とキーとなる女性役で、クロスビー卿役のマイケル・ケインや研究者のバーバラも含め、この辺は007へのオマージュかしら。プリヤ役のディンプル・カパディアはMというよりはマトリックスのオラクルっぽいかな。しかし、どのキャラも薄っぺらい感じ。「インターステラー」とは大違い。雰囲気としては「インセプション」の方が近いかも。
 時間逆行のアクション映画というと、トム・クルーズの「オール・ユー・ニード・イズ・キル」なんか、単純で面白かったけど、この「TENET」は分かりにくい。もう2回ぐらい観ないとわかんないわ、コレは。なんたって、巻き戻しやジャンプじゃなく、順行と逆行の混在(挟撃作戦)だもんね。評価点は5点満点の4点。分かりにくさとキャラ付けの雑さが玉に瑕かしら。

映画「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」を観て来た。

 昨日はTOHO西宮OSで映画「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」を観て来た。もともと、TVシリーズの方は全話観ていたので、映画化も楽しみにしていたんだが、京都アニメーションの昨年7月の放火事件で、大幅延期になって、一昨日ようやく封切りを迎えたこの映画。当初1月公開と言われたものが4月になり(劇場に掲示してあるポスターでは4月24日封切りになってる)、やっと9月18日に封切りとなったのだけど、待ってたかいがあった。当日の入場者には、原作者・暁佳奈による書き下ろし短編⼩説冊⼦「ベネディクト・ブルーの菫」「オスカーの⼩さな天使」「ヴァイオレット・エヴァーガーデン If」の3種がランダムで配布されていて、私がもらったのは「ベネディクト・ブルーの菫」だった。
 映画の方は、TVシリーズ第10話のマグノリア家のあのアンの葬儀の後、アンの孫がアンの母クラーラがアンに宛てた手紙を見つけて、それを代筆したヴァイオレットの足どりをたどる旅から始まる。多分もホッジンズもヴァイオレットも他界したか、もう一線を退いて大分経ったという時代設定。はてさて、TVの名場面をこの孫娘がトレースする、TV総集編的映画ではなかろうな、と訝りはじめたところで、時代が遡りヴァイオレット・エヴァーガーデンの登場。よかったよかった。ストーリーはみんなが一番気になっていたところにきっちり決着を付けてくれて満足してます。もう、場内あちこちからすすり泣き(男のも聞こえたな)は聞こえるし、空席を挟んで隣の席の女の子なんか、膝小僧かかえて泣いてるし、ファンには一番嬉しい結果になったと思う。背景の映像もむっちゃキレイで、一緒に島まで行った気分になった。
 しかし、映画でのヴァイオレットの客のユリスの4通目の手紙が電話になったり、その模様が電信で島に伝えられたり、ライデンの街に電波塔が建てられたりと、手紙の出番がどんどん少なくなっていく雰囲気があちこちに出ていて、アンの孫の時世では自動手記人形サービスは廃れて、C.H郵便社も公有化されて、かつての社屋は博物館化されている。でも、エンディングで老夫妻になった二人をエンドロールにちらっと出してもよかったんじゃないかな~、あ、そうなると最後の指切りのシーンが出せないか。
 ともあれ、長い時間と距離を経て、「あいしてる」が伝わってよかったよ。評価点は5点満点の5点。TVシリーズ観てないとわかんないという条件付きだけど。

舞台「三谷幸喜のショーガール~告白しちゃいなよ、you(Social Distancing version)」を観てきた。

 一昨日の「大地」に続き、今夜はサンケイホールブリーゼで「三谷幸喜のショーガール~告白しちゃいなよ、you(Social Distancing version)」を観てきた。
「三谷幸喜のショーガール~告白しちゃいなよ、you(Social Distancing version)」「三谷幸喜のショーガール~告白しちゃいなよ、you(Social Distancing version)」  「「「 「 「大地」は帰省をとりやめてからチケット手に入れたんだけど、「ショーガール」は元々今日の夕方にはこちらに戻って来てコロナ禍以降最初に観る舞台として予定していた。結果的には「大地」が先になったんだけど、まぁ先に「大地」観といて良かった。川平慈英が「大地」の映画スターのブロツキー(山本耕史)の歩き方をパロったりしてたから、楽しめた。「ショーガール」は今夜と明日、「大地」終演後に演るんだけど、「大地」と「ショーガール」を通しで観るヒトってどのくらいいるんだろう?今夜だったら夕方5時から夜10時45分ぐらいまでずっとブリーゼの中だもんね〜、ロビーじゃ飲食できないし、ちょっと大変よね。ただ、夜の8時30分から「ショーガール」みたいなショウが街中で毎晩演ってると、海外からの旅行者が戻って来た時に需要がありそうな気がする。来年あたり大阪のどっかにこんなレビューを毎晩演る小屋できないかしら?
 さて、今日も大阪コロナ追跡システムとCocoaと半券の裏に連絡先書いてチェック済みのリストバンド(一昨日の「大地」より1手間増えてる!)を巻いて体温チェックと手の消毒をしてようやく入場。この観客数に大ホール並みのスタッフ置いて採算合わないだろうな〜。
 なんと舞台は「大地」のセットそのままです。最上段に左手からピアノ(萩野清子)、ベース(一本茂樹)、ドラムス(萱谷亮一)が陣取ってる状態で川平慈英とシルビア・グラブが登場してスタート。2幕構成の前場はあのセットをホテルの一室に見立てて、中央の机でシルビア演じる脚本家と配管からの騒音の原因調査に呼ばれた川平慈英演じる配管工の二人ミュージカル。後場は川平慈英の演じる騒音の原因を作った上の部屋のヒトの小芝居の後、告白をテーマにした曲構成のレビューがスタート。いやぁ、素晴らしかった。シルビアの歌う「calling you」とか鳥肌立ちました。衣装替えの時間繋ぎの萩野清子の輪投げも3つとも決まって(着替え間に合わなかったみたいだったけどね)、よくやりますな、皆さん。
 しかし、マスクはもちろん、フェイスガードもするし、手袋もするし、二人が近づくと警報がなったり(そんな状況なのに1曲めが「cheek to cheek」なんて選曲にもワサビが効いてる)、歌う途中でも手の消毒したり、二人の間に衝立立てたり、飛沫防止だってんでビニール傘さしたり、とことん、今のショーがやり難い現状を逆手にとって笑わせてましたね〜、感心しました。最後は衝立破って二人が並んで腰に手を回して立ったところでは、これまでならなんてことないポーズなのにちょっと感動しちゃいました。
 評価点は5点満点の5点で。「No Stage, No Life.」の意気や良し、です。

舞台『大地(Social Distancing Version)』を観て来た

 昨夜はサンケイホールブリーゼで三谷幸喜作・演出の新作舞台『大地(Social Distancing Version)』を観て来た。コロナ禍で芝居が見られなくなって、芝居やミュージカルを観るのは2月の『キレイ―神様と待ち合わせした女―』以来だ。この半年、舞台で役者が演技するのを見られなかったわけだ。三谷幸喜の芝居となると、なんと2014年の「国民の映画」の再演以来となる。一時期は三谷幸喜の芝居にハマっていたんだけど、すっかり食傷気味になって、ずっと遠ざけていたのだ。今回も別に三谷幸喜の芝居だからというよりもコロナ禍の時世になって初めてのメジャーな公演がこの「大地」だったというわけで、単に舞台に飢えていただけです。
 三谷幸喜によると、この新作のプロットは昨年から考えていたそうで(当たり前だが)、このコロナ禍の状況を踏まえて作られた芝居ではないのだそうだけど、それにしてはオープニングの三谷本人による築地小劇場からの~のアナウンスからして、満足に芝居ができなかったこの半年の俳優・演出・舞台を支える人々の気合いの乗ったストーリーになっている。物語の舞台は、「とある共産主義国家の収容所。独裁政権が遂行した文化革命の中、反政府主義のレッテルを貼られた俳優たちが集められ、政府の監視下で広大な大地を耕し、家畜の世話をしていました。」という設定で、セットの転換は無し。ずっと収容所の第3チームの宿所(板張りの通路で碁盤の目のように仕切られた中に9マスの空間、内上中段の6マスにはチームメンバーのベッドが1つずつ置かれており、それぞれのベッドの主は基本、そのベッドの上や傍らで演技する、これもソーシャルディスタンスか)でストーリーは進んでいく。
 ストーリーはその宿所に「無駄な筋肉(by藤井隆)」を強調する映画スターのブロツキー(山本耕史)が加わるところからスタート。コロナ禍で筋トレばっかりしていて一層筋肉が付いたのだそうな。女形の役者ツベルチェクを演じる竜星涼って初めて知りました。もう俳優歴10年にもなる役者さんなんですね、覚えときます。パントマイムの第一人者で湿布欲しさに仲間を売るプルーハ(浅野和之)は、さすがの演技でしたね、強風に立ち向かう演技はが〜まるちょばにも負けてません。ピンカス(藤井隆)は大物役者の揃う中、唯一の大道芸人。こちらもストーリーにいいアクセントになってました。演劇を学ぶ大学生ミミンコ(濱田龍臣)は演技はまだまだですが、皆に可愛がられています。芝居のナレーションも務めてます。他には”座長”と呼ばれる大御所俳優のバチェク(辻萬長)。役者兼演出家のツルハ(相馬一之)というそうそうたる俳優陣がメンバーで、そのチームの指導員で芝居好きのホデク(栗原英雄)と、チームの連絡役を務めるのが、主演のシャバでは三流役者兼大道具だったチャペック(大泉洋)。さらにホデクの上司である政府役員のドランスキー(小澤雄太)がいます。男性の宿所なのでオトコばっかりです。
 この芝居、2幕構成(休憩15分)のおよそ2時間50分の芝居ですが、長さは全然感じませんでした。(コロナ禍の最中なので休憩無し2時間以内に納めてくるかと思いましたが、そういう配慮はなかったようですね。)
 1幕は女形のツベルチェクがドランスキーの慰み者にされるところがヤマ場。慰み者の報酬である「ゆで卵」に反抗してメンバーが身振り手振りと会話だけで豪華な晩餐を演じて見せたところはさすが~としか言えません。ただ、そこにもいちいちミミンコのコメントが入るのがちょっと鬱陶しかったかな、お前(ミミンコ)が感じてることなんざ、観客みんな感じてるって。その晩餐にチャペックが入れないあたりから終盤への布石はできていたのかなぁとは思いましたね。
 2幕はなんと、女性収容所にいるミミンコのダンサー志望の彼女・ズデンガ(まりゑ)とミミンコを引き合わせる、というイベントからスタート。ここで唯一の女性が登場。ズデンガも入れてホデクの書いた脚本の芝居を再構成していい劇中劇を作ってめでたしめでたし、というハナシになるのかしら、と思いながら観てましたが、私の予想は甘かったですね、お芝居は苦~い方向に進んでいきます。でも、宿所でのドランスキー引き留め工作の数々は面白かったですね。バチェクの小芝居サイコーでした(「お前の目をよく見せてくれ」って言われたドランスキーがバチェクの正面に回ったところで、舞台上の他の役者陣から正面はダメ、正面はダメ、横に並んで、ってツッコミ入ったのは当世流のギャグですかね?)。ブロツキーの将校はホントに映画スターかよ?という面白さだったし。ただ、惜しむらくは、谷の向こうに行くことになった時のチャペックの振舞いがちょっとわざとらしかったかなぁ。チャペックが演技下手の想定だからって大泉洋まで下手になったらあかんのでは?
 ということで、大笑いもさせてもらいましたし、「セットも照明も無くても役者さえいれば芝居はできる」「いや観客がいなければ芝居はなりたたない」という三谷流演劇論も拝聴つかまつりましたが、評価点は5点満点の4点です。

「動く!美術 ―動きはどう表現されてきたか―」を観て来た

 毎月第2日曜日は兵庫県立美術館の常設展が無料になるので、猛暑の中、避暑に行くことにした。美術館は涼しいからね~。
 表題の「動く!美術―動きはどう表現されてきたか―」は常設展示室1~3の展示。
 第1章 命の鼓動 ―動く人・動く動物― では労働や舞踊などヒトの動きをテーマにした展示。中西勝《日本アクロバット》、斎藤真成《漁夫》、金月炤子《モダンダンサー》、津高和一《MAN》《像》、イタタニミチコ《無題(「ハイポイント・コンタクト」より)》、東山嘉事《題名不詳<フムフム曼荼羅>》、マリノ・マリーニ《馬と騎手》の連作が良かった。
 第2章 うつろう自然 ―ゆらめく水 かがやく光 そよぐ風― は風景画が多い。金山平三《無題(港)》の水面のきらめきや、水族館に行きたくなる高松次郎《無題(#1090)》、大岩オスカール《雷雨》(雷雨というよりゲリラ豪雨にしかみえないが)、FRPで作った上面が波立つ黒い箱が面白かった福岡道雄《波・北風》、夢の中の景色のような高橋忠雄《森の詩》が良かった。
 第3章 奔る線 踊る色彩 はゲンビな作品が多かった。観たことある作品ばかりだった。
 第4章 天のしるし は 野村仁《‘Grus’ Score》シリーズの写真プリントと音楽も流しながらその楽譜のセットでの展示が良かった。「九州派」の菊畑 茂久馬《天動説-二》も展示されていた。今年5月22日に85歳で亡くなったそうだ。あとは銀行の表玄関に飾ってそうな鹿田淳史《宇宙の華》が良かった。
 常設展示室4は「表現主義の版画」。エゴン・シーレ《うずくまる女》《アルトゥール・レスラーの肖像》《悲しみ》《少女》の4作が観れて良かった。カンディンスキーの作品も観れてよかった。あとはエミール・ノルデ《汽船(大きく暗い)》《家族》が良かった。
 常設展示室5は「近現代の彫刻」。こちらもみたことあるヤツばっかりだった。
 常設展示室6は「洋画・日本画の名品―時代は動く、美術も動く―」では、阿部合成《見送る人々》、和田三造《朝鮮総督府壁画画稿(三幅対)》、亀高文子《志那の少女》、どうみても《ゲルニカ》を真似たでしょうという感じの山本敬輔《ヒロシマ》、もこもこした立体感がいい感じの喜谷繁暉《作品》、マンガチックな浜田知明《情報過多人間》が良かった。
 小磯良平記念室も観て来た。《T嬢の像》とか展示されてたが、久々に観て思ったのは、上手いじゃん、小磯良平!(失礼だな、今さらかよ)だ。《外人肖像》は初めて観た。《洋裁する女達》と《横臥裸婦》が良かった。
 金山平三記念室も観て来た。暑いからか、《秋の庭》や《秋たけなわ》《風景(諏訪湖)》など秋冬の絵にばかり目が行った。
 評価点は5点満点の4点。総じて楽しめました。

映画「海辺の映画館 キネマの玉手箱」を観て来た

 今日は8月1日ということで、久々にファーストデーの映画館に行って来ました。観て来たのは大林宣彦監督の遺作、「海辺の映画館 キネマの玉手箱」。ずっとコロナ禍で公開が延期になっていたんだけど、ようやく昨日から公開になったらしい。この映画は戦争って何? 戦争なんてくだらない、戦争なんかで死んじゃいけない、我々は平和を希求すべきだ、という大林監督の壮大な遺言の様な映画。オープニングは高橋幸宏が40年もの間、宇宙(時空?)を旅したあげく、今夜の戦争映画オールナイト上映で閉館するという瀬戸内シネマにやってくるところから。映画館でかかる映画は、戦争映画オールナイトのはずなのに、なぜか戦後チャンバラ映画よりもGHQの承認が得られやすかったという和製ミュージカルから始まり、戊辰戦争の無声映画~トーキー(無声とトーキーの間を行き来するので近藤勇の声が出たり、字幕になったり)、アクション(戦争映画は娯楽アクションとしても消費されたとのご主張)、と過去からのいろんな映画表現をぶち込んで、映画の歴史や、戦争の歴史が語られていく。観てたらなぜか「ヒューゴの不思議な発明」を思い出したわ。観客の若者が映画に入りやすいようにか、全然第2次大戦以降の最前線の戦線での戦闘シーンとかはなくて、戦争していないところでの兵士の振舞いの醜態を見せて、敵よりも味方に殺されることの方が多かったとか、先を見据えた指導者がいれば(途中で暗殺とかされなければ)くだらない戦争に突入しなかったのに、とかスクリーンに大林監督の主張がどんどん映像として流されていく。個人的には武器商人でもあった坂本龍馬や、西南戦争という終わらせ方しかできなかった西郷隆盛に肩入れし過ぎているのはいかがなものかとは思うけど、まぁ、戦争反対の主張には何ら異論はない。映画の底流に流れているのは中原中也の詩。場面ごとに挿入されてくる詩が予想しやすくて、画面に出てくると「キターっ」って感じ。
 どうもこの映画最初から最後まで引いた感じで観ちゃったのは、映画館で観客の若者が惹きこまれるヒロイン希子役の吉田玲がお人形っぽくてどうしても好きになれなかったからだろうなぁ。なんか生身の女の子の感じがしない。あれなら座敷童のコの方が良かった。今回TOHOシネマズ西宮OSで観たんだけど、上映前の映画紹介とラグビー番組でしか観たことがことがなかった山崎紘菜が出ててびっくりした。一応役者だったのね。沖縄のシーン良かったです。でも、女優陣では成海璃子と常盤貴子は良かったかなぁ、とは思うけど、あんまり引き込まれるヒロインはいなかったので、映画館でスクリーンの中に入りこんじゃった若者3人(厚木拓郎、細山田隆人、細田善彦)みたいにはこの映画に入り込めなかったのね。そんな男優陣では笹野高史が何役もやって大活躍でしたな、面白かった。他の男優陣はみな自分の十八番(ナンちゃんが能を舞うとは思わなかったけど)を披露してるだけっぽくて(脚本があてがきなんだろうけど)なんだかな、という感じ。とはいえ、まぁ、こういう映画もあるんだなぁ、という勉強にはなりました。情報量は多大なので、3時間という映画の長さは全然気になりませんでした。あっという間の3時間でした。評価点は5点満点の3点で。

「ミナ ペルホネン/皆川明 つづく」を観て来た

2431C197-8110-4F98-965A-04ECE29CC672.jpeg786E6055-689C-4B0F-BB39-3A419DE023CA.jpeg0CC6DE55-1F69-4FE7-B105-5E69C030F3F2.jpeg 今日は兵庫県立美術館で「ミナ ペルホネン/皆川明 つづく」を観て来た。美術展に行くのは4月の西宮大谷記念美術館での「メスキータ展」以来。県美に行くのは2月のゴッホ展以来だ。本展は鑑賞日時を予約制にしている。同時期にここで開催予定だったテオ・ヤンセン展は中止されている。美術館もなかなかフラっと観たいときに観るってわけにいかない世の中にちょっとストレスを感じます。だって、今日大雨警報も出てるし、COVID19の感染者も増加傾向だし、鑑賞日時指定のチケットを購入済みでなければ遠慮したかったわ、今日の鑑賞。
 と、ぶつぶつ言っててもしょうがないので、傘さして県美へ行って来ました。デザインやテキスタイルみたいなのを展示している催しに行くのは昨年の「ラウル・デュフィ展」以来。ミナ・ペルホネンの展示は、4年前にマリメッコ展観た時からずっと観たかった催しだったので、やっと観れた―って感じです。
 まず階段を上がって3階の展示室へ入っていくところに50cm角のクッション330個を大壁面にぎっしりタイルのように貼り付けた《雲》が出迎えてくれて、その規模感に圧倒されます。
 第1の部屋は「実」。壁が目の覚めるような鮮やかな黄色に塗られた部屋で、資料やビデオを使ってミナ・ペルホネンの代表的なデザイン「タンバリン」について詳しく説明してくれます。あのクチクチっとしたタンバリン型の花一輪に6930mmの糸が使われているとは驚きです。そして専用の編み機で9分37秒かけて編み上げられます。いやぁ、手間暇かかってます。この部屋の作品では《pallo(2016)》とウサギのクッションが良かったです。
 第2の部屋は「森」。広くて高い天井の空間に390着の洋服が森のごとく四方の壁全面に天井に届く高さまで吊られています。またまた圧倒されました。みんな好きなデザインの服を探しながら観ています。この部屋は撮影可です。
 第3の部屋は「芽」。デザイン画がいっぱい(120点以上)展示されています。ここも撮影可です。《カーニバル》、《アリエル》、《ポム》、《シンフォニー》、《プレジャーハーブ》、《ミナモ》、《フラワーバスケット》、《アァルト》、《スウィング》、《トライアスロン》などが気に入りました。どっちかというと、私は皆川明より田中景子のデザインの方が好みみたいですね。作者名が分かって初めて分かりました。ここも撮影可です。
 第4の部屋は「風」。藤井光氏が制作した、ミナ・ペルホネンを着るひとの日常を描いた映像です。
 第5の部屋は「根」。皆川明氏の描いた新聞のコラムや連載小説の挿絵を展示しています。《思春期と鳥》、《おそろい》、《休日》、《雲になった一羽の鳥》、《気持ちの形》、《LIFE》、あと馬の顔に森が描かれている絵やダリみたいな絵、人の顔や、鳥がシンメトリックに描かれている絵、が気に入りました。ここも撮影可です。「はいくないきもの」は絵より上の句が難しくて絵に魅入れませんでした。新作の絵も良かったです。
 第6の部屋は「種」。皆川明や田中景子のアイデアの出発点に関するモノが展示されています。スケッチブックなどもあります。皆川明が啓示を受けたというコートも普通に掛けられてます。あと制作の様子や、工場での染めや編みの工程もビデオで見られます。ものづくりが好きなヒトにはたまらない展示ではなでしょうか?ただ、《シェルハウス》は屋内展示用だからかもしれませんが、ちょっと小さくありませんか?私は鴨居に頭が当たりそうです。階段もごっつい狭くて急だし。バンガローに毛が生えたってところでしょうか。デザインはかいますが、住環境としては現代人には手狭です。
 第7の部屋は「土」。実際にミナ・ペルホネンの洋服を着ている方々から、思い出の一着をお借りして、アクリル板に挟んで、表面にその思い出が書かれている、という展示。なるほどね~っていう感じの展示です。
 最後の部屋は「空」。ミナ・ペルホネンの歴史年表と主なイベントのビデオ、皆川明へのインタビュー映像が展示されています。
 全部回ると、すっかりミナ・ペルホネンのファンに、もともとファンのヒトはもっとファンになる仕掛けになっています。でも、最後のお土産屋さんに寄ると、そうだった、手間暇かかっているからミナ・ペルホネンの製品は高いんだった、と思い出して我に返る次第です。
 評価点は5点満点の4点。よくできた展示ではないでしょうか? しかし、上着やワンピースやスカートはあるけど、パンツはデニムぐらいしかイメージないですね。そこがちょっと不思議。

B87634DF-AC52-40E2-AC9A-32B4EBD5B498.jpeg

映画「コンフィデンスマンJP プリンセス編」を観て来た。

 ロマンス編も観ている私としては、今回のプリンセス編も当然観ます。COVID19の影響で公開が2か月半くらい遅れたそうで、こちらも首を長くして待ってました。この映画も当初のスケジュール通りに公開されているような状況なら、ジェシーも仕事が忙しくて自殺なんて考える暇もなかったと思うだけに、残念で仕方ありません。三浦春馬さんのご冥福をお祈りいたします。その衝撃もあって、今回は東京366人、大阪104人、愛知98人の感染者が発表された、今年あったハズの東京五輪用に用意された四連休の初日、マスク着用で不要不急の映画館へ公開初日での鑑賞に行って参りました。
 出だしの水上機のシーンがなんか合成CGっぽい絵で、フウ一族の子どもたちがセレブというには貫禄不足な感じで始まったので「え?」って感じだったんだけど、終盤になれば貫禄不足に見える配役にも納得。しかし、ビビアン・スーと「ミュージック・ティーチャー」古川とEXILE白濱が登場したシーンはファッションショーかと思った。
 コックリ(関水渚)が小汚いグズからプリンセスまで変化するところは芋虫が蝶になるようではあったけど、モナコ(織田梨沙)に比べるとキャラが弱い。純で真っすぐな設定だからそれでいいのか。
 ジェシーは赤いスーツが似合うよね~。でも、オネエサン2人を部屋に連れ込んだ時点で終盤の投げナイフのところは先が見えちゃいましたね。そいで、ロマンス編でリチャードがやった役回りにはスタア。オープニングでも活躍してました。大阪でのバックアップに鈴木さん。波子の使い方が絶妙でしたな。
 レギュラーメンバーの方は今回、ボクちゃんはボディガード役ってことで大活躍。五十嵐も出番がむっちゃあって、なんとデヴィ夫人とのロマンスとは~~、今回一番幸せなエンディングを迎えたんじゃないか>五十嵐。リチャードもロマンス編より仕事してた感じ。
 ロマンス編は中々心を開かないラン・リウを相手に、ジェシーとダー子の凌ぎ合い&ロマンスがやきもきさせて面白かったけど、ラン・リウにスタアを送り込んで、最初から赤星をカモにする筋書きだったから、巻き戻しのシーンも面白かった。でもプリンセス編はフウ一族のセレブ達(レイモンドも含む)にダー子が翻弄されて予定が狂いっぱなし。でもセレブとはいえ素人相手だから、仕掛けが単純。おまけに赤星が絡み始めたところからは、ダー子側も「いつものペース」を取り戻しちゃって(だから巻き戻しも赤星が絡み始めたところから)、結局詐欺らしかったのは執事トニー(柴田恭兵)にDNAと手紙で仕掛けたところだけだった気がする。そういう点ではGackt出演も含めての豪華なマレーシア・シンガポールロケの陰でコンゲームとしては全然だったかな。なんたって、最後は「噓から出た実」ってオチなんだもん。
 ということで評価点は5点満点の3点。もし三作目があるなら、豪華ゲストもいいけど、もっとコンゲームの質も上げて欲しいです。

映画『ANNA/アナ』を観て来た

 このブログって、映画館に映画観に行ったか、美術館や博物館に行ったか、コンサートや芝居を観に行った時の感想を主に書いているので、4月中旬から2か月ほどCOVID19の影響で自粛してたこともあり、どっこにも行きませんでした。いや、行けませんでした。だってやってないんだもん。
 この5月も末になってようやくあちこち開いてきて、先週は神戸どうぶつ王国、そして今日は3月29日以来の映画館に行って来ました。久々の映画館での映画はスカーっとしたのが観たくて、映画『ANNA/アナ』を観て来た。
 リュック・ベッソン監督がロシア出身のスーパーモデル、サッシャ・ルスをヒロインに迎えてのスパイ・アクション映画。リュック・ベッソン監督は「ニキータ」「レオン」「LUCY ルーシー」など、戦うヒロイン物を作らせたら抜群の安定感(マンネリ感も否めないけど)を有し、自分の作品でナタリー・ポートマンやミラ・ジョボビッチを見出した名伯楽でもある。だから、またかよ~~っと思いながらも観ちゃうのよね。
 昨夜、WOWOWで「ザ・ファブル」を観たばっかだし、アラン・フィグラルツ演出のアクションも楽しみにしていた。すごかったね、レストランで5分で40人もの屈強なオトコどもを血祭りに上げていく様はもう快感。ただのモデルではありませんな、サッシャ・ルス。
 そして脇役陣も名優揃いでいい味だしてる。ヘレン・ミレンがKGBでのヒロインの上司オルガ役をタバコをふかしながら怪演していて(アナも結構スパスパやってたけどね)、ジュディ・デンチの「M」にも勝るとも劣らない名演技だったと思う。アナの米露双方Knight役(アレックス役のルーク・エヴァンズ、ミラー役のキリアン・マーフィ(ティモシー・ダルトンかと思った))もカッコよかった。
 しかし、ファッションモデルのカメラマンはステレオタイプだし、出演者を絞っているせいでなんかCIAもKGBも組織がうすっぺらい感じがしないでもなかったけど、そんな細かいことを気にさせない勢いのある映画だった。「LUCY」より良かったと思う。評価点は5点満点の4点。

メスキータ展を観て来た。

F9D2E79B-10C6-4CF1-98C7-2EFBF7FD7BC5.jpegDB823515-9DA9-4949-97F0-DA0C5BDD742B.jpeg 今日は西宮市大谷記念美術館でメスキータ展を観て来た。伊丹も芦屋もまだ美術館休んでるし、神戸市立博物館は始まったけど常設展だけで「コートールド美術館展」はまだ始まらないみたいだし、夙川で花見してると宴会自粛を促すパトロールのヒトは来るし、しょうがない、バイクかっとばすか~、と思ったらR43には交通課の方々が張ってるし、なんとすごしにくい週末か、と嘆きつつ、数少ないイベントやってる地元の美術館に行ってきた。
 版画を観るのは昨年の「世紀末ウィーンのグラフィック デザインそして生活の刷新にむけて」以来。その前は一昨年の「コレクションを核に 関西ゆかりのデモクラートの作家たち  泉茂・山中嘉一・吉田利次・吉原英雄」だし、1人の作家の作品展となると4年前の「ダリ版画展」以来か。 全然メスキータのことは知らなくて、ポスターに「エッシャーが命懸けで守った男。」ってあるから、エッシャーの時代にバッシングでもされている作家を痛烈な批判から守ったのかと思ったら、メスキータがハールレムの応用美術学校で先生していた時の教え子の1人がエッシャーで、オランダに住むポルトガル系ユダヤ人であったメスキータはアウシュビッツで75歳で亡くなるんだけど、彼の作品を戦時中ずっと命懸けで守り続け、戦後すぐに彼の個展を開いたのがエッシャーだったってことだったのね。偉いわ、エッシャーとメスキータの息子ヤープの友人のヒト達。おかげで今日、メスキータ展で彼の作品が見られます。
 本展のポスターになってる頬のこけたギョロ目の男は自画像かと思ったら、息子のヤープだったのね、まるで定規の目盛りのような筋を入れることで平板的になりがちな版画の構図に立体感を出そうとしているところが、メスキータの版画の特徴。裸婦の作品では筋(様々な太さの線)だけじゃなく丸めの彫刻刀とか使って明るい部分を作ったり、いろいろ工夫がみてとれる。本人の自画像は頭蓋骨と自身の横顔を対比させて配した《メメントモリ》で見られます。本展では同じ作品の初刷り(第1ステート)から何回か推敲や加筆をしながら作品をブラッシュアップさせていく様が見られるようになっている展示がいくつかあります。先の《メメントモリ》は第10ステートが良かったです。それ以外では《百合》。こちらも第1ステートと後半のステートで全然絵の印象が違うので面白いです。ほかに人物画で気に入ったのは《母と子》、《うつむく女》、《悲しみ》、《喜び》、《ベッティ・ロペス・デ・レアオ・ラグーナの肖像》、《ジャクリーン・ホンベルツの肖像》、《キュラソー島の男》、《トーガを着た男》、《歌う女》、《帽子の母》、《女のトルソ(ヘッティ)》、《横たわる裸婦》が良かった。
 動物の絵では影絵のような《ウオーターバック》、3-08《マーコールヤギ》、三角の角が目を惹く3-34《鹿》、《ブレスボック》、《ホウカンチョウ》、正面から見た迫力《コンゴウインコ》が良かった。
 植物の絵では、バティックの要領を取り入れた《セダム》、幾何学的な文様が美しい《パイナップル》、シンプルな《サボテン》、《アヤメ》の第9ステート、手彩色が美しい《椿》が良かった。
 ファンタジーの絵では《人物と動物のフリーズ》、《泣く人々》、《稲妻を見る二人》が良かった。《10点のリトグラフ集》は小説の挿絵のようだった。
 ウェンディンゲンのコーナーはもひとつだったかな。
 評価点は5点満点の4点。展示作品一覧を印刷しておいておいてほしいです~。

 所蔵品展の方も版画。ソニア・ドローネー=ターク《リズム-色彩》と中辻悦子《連鎖Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ》が良かった。
 お庭もきれいでした。
47353175-FB40-4C55-8486-51D67343839A.jpeg

映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』を観て来た。

 今月は1日に神戸市立博物館に行って以来、COVID19の影響でずっと行動を自粛していたんですが、さすがにつまらんなぁ、と思い、とうとう映画館に行ってしまいました。映画も閉鎖空間だからずっと遠慮してたんだけど、みんなが遠慮しているせいか、どの映画もガラガラなのね、知らなかった。これなら他のヒトと離れた席に座れば大丈夫なんじゃね?ってことで久しぶりに映画を観てきました~~。
 観て来たのは『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』。TBSのスクープ映像に解説を付けて、映画に仕上げたもの。はっきり言ってNHKスペシャルみたいなテレビの特番みたいな感じ。長さも2時間弱だし。気狂いのくだりが放送コードに引っかかってテレビで放映できないだけな感じ。討論会の映像も全編見せてくれるのかと思ったら、かなりカットされている感じ。だったら映画館じゃなくテレビ特番でいいじゃん。せっかく映画館でやるんだから、全編見せてくれたらいいのに。つまらんワ。あと、平野敬一郎とか小熊英二とかの解説って要る? 極めつけは東出昌大のナレーション。ほかにいくらでもいるでしょ、TBSのアナウンサーにやらせときゃいいじゃん、ナレーション。とはいえ、挿入されている解説映像はいいタイミングで討論会の内容を補足していて、見やすくなっていたと思う。
 しかし、霧散してしまった全共闘、自決で終わってしまった盾の会、どっちも既存の親米政権打倒を訴えた割には、記憶には残ったが実績は残せなかったな。この映画ではそんなヤツらのまだ余熱がアツい時代の夢の共演が見られる。インテリの討論は面白いね。頭良くないと討論も面白くなんないね。刹那的な解放区を求める全共闘に対し、関係性や継続性に重きを置く三島が自決というこれまた刹那的な結論を選択したのはなんとも残念(ま、本人は気に入ってるストーリーなんだろうけど)。盾の会を政党化させて国会という言論の場で開花させる手はなかったのかしら? 稀代のスターでマッチョな三島に政治的な視点で粘り強くモノを言える誰かがいなかったことが、三島の不幸か。三島が学生を可愛がる優しいお兄さん肌だったとは知らなかった。日米地位協定の撤廃まで頑張って欲しかったわ。
 評価点は5点満点の3点。せっかく映画館でやるんだから、もっと討論会映像をいっぱい見せて欲しかった。

 

特別展「建築と社会の年代記―竹中工務店400年の歩み―」を観て来た。

 今日は昨年リニューアルオープンして以降、初めて神戸市立博物館に行ってきた。観て来たのは特別展「建築と社会の年代記―竹中工務店400年の歩み―」。先月「インポッシブル・アーキテクチャー ―建築家たちの夢」を観たので(←COVID19の影響で開催期間途中なのに先月で終わってしまった)、建築つながりでこっちも観ておこうかと思ったのだ。この特別展は今日が最終日、神戸市立博物館も明日から休館だそうだ(「コートールド美術館展 魅惑の印象派」までには再開する予定みたいだけど)。
 さて、最終日だからなのか、COVID19の影響でいろんなところが休んでて、ここに来ざるをえなかったのか、結構混んでました。建築勉強している学生とか、竹中工務店のOBっぽいおじい様・おばあ様(御堂ビルディングの写真の前で、私たちが配属された頃は最新のビルだったけど、今じゃボロボロ....、みたいなことをご夫婦でのたまってましたな)が来てました。
 竹中工務店のご先祖が織田信長の普請奉行とは知りませんでした。信長の死後は宮大工の棟梁みたくなって、ずっと名古屋あたりを拠点にしていたみたいだけど(なので松坂屋と縁が深いみたい)、明治になってから神戸に進出し、今の会社組織としての竹中工務店になったらしい。本展の会場となった神戸市立博物館も竹中工務店の建築物。戦前は横浜正金銀行神戸支店だった。神戸に建てられた建造物は多いけど、戦災や震災で失われ、展示されるパネルで懐かしかった建物(神戸新聞会館など)も多かった。もちろん、復元されたものもあるのだけれど。
 展示物では大隅流祭式による儀式(上棟式)のビデオや大工道具に漆塗りと金箔で彩色した儀式道具、祝詞・祭文・誦文の書面の展示が興味深かった。それから、「三次元計測で作った正福寺本堂の組物模型」も計測風景や3Dモデルでの組み立て検証のビデオも含めて大変面白かったです。ほんと昔のヒトはすごいですね。
 竹中工務店の技術の説明のコーナーでは潜函工法って全然知りませんでした。最近の有明アリーナとかはNHKスペシャルとかで詳しくやってたので、知ってました。あとは毎日見ているだけに芦屋浜の高層住宅が印象深かったですね。ASTMのMが松下電工・松下興産の意味だったのは初めて知りました。大阪駅周辺の街の模型が展示してあって、竹中工務店の建築物にはプレートが付いてるんですが、大阪ステーションシティと阪急百貨店のビル、ヨドバシカメラのビル以外はほぼほぼ竹中工務店の建築物じゃん、ということで驚きました。これからも新梅田シティやあべのハルカスみたいなランドマーク的な建物どんどん建てていくんでしょうね。しかし、BIMって単語は見かけませんでしたね。
 評価点は5点満点の4点。パネルや映像だけでなく、もっと建築模型とか展示して欲しかったなぁ。

Ezra Collective のライブに行ってきた

 Ezra Collective のライブは2月27日(木)にビルボードライブ大阪で18:30の回を観て来ました。新型コロナウイルス(COVID19)に対する今週の政府の基本方針発表翌日の「要請」以来、いろいろな集客イベントが中止になり、集客施設が休業になる中、ビルボードライブ休業前のラス前(21:30の回もあるからね)のライブを観て来た。3月のイベントが軒並み中止や延期が発表になる中でこの冬最後のライブ鑑賞になったみたい。3月は3つの観劇やライブの予定があったんだけど、すでに1つが中止(舞台「ねじまき鳥クロニクル」)、1つが延期(SAKANAQUARIUM 2020 “834.194 光”)を決めていて、ホント、これ見たらしばらくはライブ観られないなぁ、とかちょっと感傷に浸りながらビール飲んで開演を待ってました。
 エズラ・コレクティヴ(Ezra Collective)は、フェミ・コレオソ(Femi Koleoso、ドラムス)、TJ・コレオソ(TJ Koleoso、ベース)、ジョー・アーモン・ジョーンズ(Joe Armon-Jones、キーボード)、ジェームズ・モリソン(James Mollison、サックス)、イフェ・オグンジョビ(Ife Ogunjobi、トランペット)の5人組。UKジャズについても詳しくないし、このバンドについてもあんまり予習して行かなかったし、フェミ・コレオソのMCもそこそこでどんどん切れ目なく演奏が続くので、セトリは全然把握できてません。演奏はソロ活動でも話題のジョー・アーモン・ジョーンズも良かったけど、なんといってもカッコ良かったのは、フェミ・コレオソのドラムス。ジャズのドラムじゃないね。完全にロックだわ。カリビアンやアフリカンのビートが効いてて、ノリノリ。ビルボードライブみたいなサケとメシ食わせる店でまったり演奏するバンドじゃないよ、Zepp Osaka Bayside あたりで総立ちで踊りまくる方が向いてる。まぁ、この夜も最後はフェミ・コレオソのMCに煽られて、観客総立ちで踊りまくることになったんだけど、あんまりビルボードライブ大阪では見かけない光景だわね。
 SOIL&"PIMP"SESSIONS が好きでライブとかも観に行ってたんだけど、最近つまんないなぁ、と思っててUKジャズも聴き始めたところで、エズラ・コレクティヴがちょうど来日するってんで、今回観に来た次第。いやぁ、観に来て良かったです。評価点は5点満点の5点で。また観に行きたいです。まぁ、まずはその前に早く新型コロナウイルス(COVID19)の問題が終息して、ライブや芝居とかが見られるようになりますように。

ゴッホ展(兵庫展)に行って来た。

 昨日、兵庫県立美術館へゴッホ展を観に行ってきた。ツイッター(ゴッホ展兵庫館内情報 @2020goghjoho)で混み具合まで案内してくれていたのに、どうやらこの三連休で一番混んでる時間帯に行ったらしく、チケット購入と入館の行列両方並んだら美術館に着いて絵を見るまでに1時間近くかかってしまった。神戸でこんなに並んだのは神戸市立博物館で「ボストン美術館浮世絵名品展 北斎」を観て以来だな。あの時は野外での行列だったけど、兵庫県立美術館はデカイので行列も館内。それだけは良かったかな。いつもは通り過ぎる館内の景色を行列している間、マジマジと良く見られました。
 さて、入館してもすごいヒト。でも、すごい人出だと、いろいろ他のヒトの鑑賞の感想が聞こえてくるので面白いですな。本展前半はハーグ美術館の協力があって、ハーグ派の画家と交流していた時代のゴッホの作品が多く見られます。もちろん、ハーグ派の画家(ヤン・ヘンドリック・ウェイセンブルフ、ヨゼフ・イスラエルス、アントン・マウフェ、マリス3兄弟(ヤコブ、マティス、ウィレム)の内ヤコブとマティス、アルベルト・ヌーハイス、ベルナルデュス・ブロンメルス、ジョルジュ・ヘンドリック・ブレイトナー、アントン・ファン。ラッパルト)の作品が多く展示されています。でも、灰色派とも言われるハーグ派の作品はあんまり好きではありません。彼らの影響を受けたこの時代のゴッホの作品も全然好きになれませんでした。この時代のゴッホの展示作品の中からあえて上げるなら《秋の夕暮れ》でしょうかね。
 本展後半はゴッホがパリに移住してからの作品と彼に影響を与えた画家(主に印象派、アドルフ・モンティセリ、カミーユ・ピサロ、クロード・モネなど)たちの作品が展示されています。ここではアルフレッド・シスレー《シュレーヌのセーヌ川》、モネ《花咲く林檎の樹》が印象に残ってます。パリ時代のゴッホの作品では《ブリュット=ファンの風車》と《花瓶の花》でしょうか。
 終盤はアルル、サン=レミの療養院時代のゴッホの作品の展示に移っていきます。ここでは《タンギー爺さんの肖像》、《アニエールのヴォワイエ・ダルジャンソン公園の入口》、《サン=レミの療養院の庭》、一番人気の《糸杉》、《夕暮れの松の木》、《オリーブを摘む人々》、《薔薇》が良かったです。
 評価点は5点満点の3点。高価(¥1,700)で待たされた割には、観たいゴッホが少なかったかな、と。音声ガイド(¥600)もあれだけ会場内にゴッホからテオへの手紙からの文面を掲示したらもう、不要でしょ。

「コレクション―現代日本の美意識」を観て来た。

 「インポッシブル・アーキテクチャー ―建築家たちの夢」を見た後、引き続き国立国際美術館の「コレクション―現代日本の美意識」を観て来た。なんと、音声ガイドが500円で両方の展覧会の分が聴けるようになっているのだ。考えたな~。
 本展は「日本人と自然」を総合テーマとする、「日本博」の関連企画として開催され、戦後独自の展開を見せた日本の現代美術の中に見られる日本的表象の特質を探り、同時に、現代社会の状況を反映する多様なテーマ性と問題意識を、1.「文化の流儀と底流」、2.「人間と社会、深層への眼差し」、3.「イメージとしての世界観」の3章に分けて検証します。ってことらしい。
 私が気に入ったのは第1章。「具体」好きのワタシは全展示が気に入った。特に桑山忠明「無題」がミイラの行列みたいで面白かった。あとは井田照一「S.B.B.V.H Descended Level - Between Vetial and Hrizon -Circle in Rock - Dark blue」(黒い空間の中央が丸く凹んでる)、白髪富士子「無題」(白い和紙を長い舌のように破り取った後に貼り合わせてある)、が良かった。
 第2章では、柴田敏雄「岐阜県高山市」(強いコントラスト)、小沢剛「なすび画廊-松陰浩之展」、落合多武「猫彫刻」、今村源「2006-6 わけるヒトⅡ」、淀川テクニック「Just Hanging No.6」が良かった。
 第3章では、佐川晃司「半面性の樹塊 No.7」、中山玲佳「Safarism-Deer」、杉戸洋「two tree songs」、伊庭靖子「Untitled」(やさしいカップ)、が良かった。
 評価点は5点満点の4点。面白く観られました。2展続けてみたらしんどくなったけど。

「インポッシブル・アーキテクチャー ―建築家たちの夢」を観て来た

 今日はこの冬一番の寒空の下、国立国際美術館へ「インポッシブル・アーキテクチャー ―建築家たちの夢」を観に行ってきた。20世紀以降の国外、国内のアンビルトの建築に焦点をあて、それらを仮に「インポッシブル・アーキテクチャー」と称して資料や模型を展示している、というもの。ワタシの一番の目的はやっぱ、ザハ・ハディドの新国立競技場。模型や資料を見れば見るほど、この競技場、国税をじゃんじゃん投入してでも造って欲しかったと思う。きっとシドニーのオペラハウスに負けないランドマークになったと思うけど。もったいない。中国やアメリカには新進の新建築がどんどん建つ中、日本にもこういうのが欲しかったなぁとつくづく思います。今年の正月にサッカー天皇杯でデビューした競技場が悪いってんじゃないのよ、日本にもザハみたいなのが1つでもいいから欲しかっただけ。もしできてたら、彼女の遺作になったハズなのに。
 でも一番いいなぁ、と思ったのは藤本壮介建築設計事務所による「ベトン・ハラ・ウォーターフロントセンター」。これも素晴らしい(でもこれ、去年どっかの建築学部の学生の卒業制作で似たようなコンセプトの幼稚園の模型をみたな、イメージを借りたのかしら?)。日本でどっかに作ってくれないかしら? ぁあ、今度の大阪万博に造ってほしいわ。
 安藤忠雄の「中之島プロジェクトⅡ-アーバンエッグ」も面白かった。中之島公会堂の内部にでっかいタマゴを入れるなんざ、楽しすぎる。
 磯崎新の豪華客船のような新都庁計画もカッコよかった。会田誠の「東京都庁はこうだった方が良かったのでは?の図」と「シン日本橋」はご愛嬌としても。
 レム・コールハースの量塊(マッス)は書庫、空洞(ヴォイド)は閲覧室というコンセプトのフランス国立図書館の模型も面白かった。
 荒川修作+マドリン・ギンズの天命反転の橋は面白いけど、「養老天命反転地」みたいにどうもアトラクション的なのよね。ニューヨークのHigh Lineの一部にこういうの作ったらウケるんじゃないかしら?
 ダニエル・リベスキンドのなんか倒錯したデザインも印象的でしたし、エットレ・ソットサスの「祝祭としての惑星」というコンセプトも面白かった。
 村田豊の展示がけっこう多くて、東京ドームのようなエアドームの施設をソビエトに大規模に建築しようとした計画の資料やポンピドー・センターのコンペ案とか出ていた。私はポンピドー・センターには32年前に行ったきりだけど、現物のデザインは好きですわん。ポンピドー・センターといえば、コンスタンのニュー・バビロンのセクターの眺望を見ていたら、こっちの方がポンピドー・センターっぽいなぁと思いました。
 長倉威彦が映像化したマイケル・ウェブ(ArchiGram)
のドライブ・イン・ハウジングも面白かった。音声ガイドによれば、コンセプトの一部は映画「マイノリティリポート」で自家用車がそのまま居住空間に入り込むところに取り入れられている、とのこと。あの映画、近未来的なアイテムがふんだんに入ってて好き。
 メタボリズムっていうからメタボリックシンドロームの方をイメージしたら、新陳代謝(メタボリズム)をイメージして、都市や生活も社会の変化や人口の成長に合わせて有機的に新陳代謝すべきっていう建築活動があったのね、知らんかった。そのメンバー、菊竹清訓については今回初めて知りました。上にいくほど大きくなる国立京都国際会館のコンペ案を見ていたら、東京ビッグサイトを思い出しました。同じくメンバーの黒川紀章(ワタシ、彼のデザインのボストンバッグを愛用していますのよ)の農村都市計画は全然日本の農村ぽくなくて、コルホーズとかソフホーズの近代化案?とか思ってしまいました。東京計画1961-Helix計画の方はピエール=ジャン・ジルーの「見えない都市#パート1」の映像と一緒に見ていると、なんか映画「機動警察パトレイバー 2 the Movie」の18号埋立地を思い出してしまいました。
 でも、新陳代謝するメガストラクチャってコンセプトはいいですね。今の日本じゃシュリンクする一方かもしれないけど。
 本展、なんかソヴィエトやロシアの影がちらちらするのは、最初がロシア・アヴァンギャルドのカジミール・マレーヴィチで始まったからかもしれません。ドイツのバウハウスは結構ハマったんですが、こっちはあんまり見てませんでした。でも、ウラジーミル・タトリンの「第3インターナショナル記念塔」がモスクワかレニングラードに出来てた日には、ナチスドイツが真っ先に空爆したかもしれませんな。ヤーコフ・チェルニホフの『建築ファンタジー 101のカラー・コンポジション、101の建築小図』も観ていて楽しかったです。
 あと、実際に見てみたかったのは川喜田煉七郎のウクライナのハリコフ劇場かな。模型も素晴らしかったです。
 評価点は5点満点の5点。堪能しました。

『キレイ―神様と待ち合わせした女―』を観て来た。

 大人計画のミュージカルの名作、今回4回目の再演だそうですが、初めて観ました。大人計画の舞台は一昨年の夏の「ニンゲン御破算」以来。劇団☆新感線ほどは観に行ってないのよね、大人計画。観に行ったのはフェスティバルホール、1月28日(火)18:30の回。この芝居長いのね、知らんかったわ、平日の晩、会社帰りに休憩入れて4時間とか、観るにはちょっと長すぎます。もし5回目の再演があるなら、いくつか歌削ってコンパクトにするとかないですかね~、とか思いながらカーテンコールもそこそこにして帰りました。
 しっかし、芝居は面白かったです。まずはキャスティングが豪華。ケガレ役に生田絵梨花(2014年の3回目再演の多部未華子も見てみたかったな)、対するミソギ役が麻生久美子、少年・ハリコナが神木隆之介で青年・ハリコナが小池徹平、カスミ役は鈴木杏だし、ダイズ丸に橋本じゅん、もうこれだけで観に来たかいがありました(全然大人計画入ってない)。もちろん、迎える大人計画側もカネコキネコに皆川猿時、その商売敵に荒川良々、マジシャンに阿部サダヲ、と脇を固めているものの、なんか大人計画色が薄まっている感じ。でも、ケガレ×ミソギ、少年×青年ハリコナにその時勢いのある若手俳優を迎えたらいくらでも再演できそうな芝居ですなぁ、これ。
 生田絵梨花はケガレなのに、穢れなき真っすぐな演技で良かったです。逆に汚れちまったミソギが陰のある麻生久美子ってのがニクイ。そしてその二人を凌駕する存在感がカスミ役の鈴木杏。若手女性3人に中では一番良かったですかね。ハリコナ役の2人はどっちも良かった。特に小池徹平は盤石の演技ですな。伊藤ヨタロウの音楽はどれも良かったです。
 また5年くらいしたら再演を見てみたいです。でもその時にはもう、大人計画で主要なキャストにいるのは阿部サダヲだけだったりして。
 評価点は5点満点の4点。やっぱちょっと短くしてもらえません?

 

東京大学音楽部管弦楽団第105回定期演奏会の関西公演を観て来た

 今年最初のコンサートはなんとアマオケのコンサート。東京大学音楽部管弦楽団第105回定期演奏会の関西公演を観て来ました。大学生の楽団のコンサート観るのは自分が大学生の時以来。チケフレにチケット売りまくると自分も買わされまくるというヤツ。もちろん、東京大学のは初めてですわん。会場は兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール。今日の14時開演。指揮は終身正指揮者の三石精一。
演目は、ワーグナー / 「さまよえるオランダ人」序曲 、シューベルト / 交響曲第7番 ロ短調「未完成」の後、15分の休憩を挟んで、マーラー / 交響曲第1番 ニ長調「巨人」、というプログラム。この楽団、全国いろんなところでコンサートを演っているみたいですね~。全然知りませんでした。でもこの楽団のホームページへ観に行って過去の公演情報を探ろうとしても2014年以降の情報が載っていません、なんてことでしょう。ホームページの手入れもしれくださいね。
 このプログラム、結構好みの曲の組み合わせなので楽しみにしてました。しかーし、「さまよえるオランダ人」序曲はなんかバタついてましたね、なかなか安心して聴けませんでした。一転してシューベルト「未完成」交響曲は落ち着きすぎていてちょっと眠かったです。
 休憩を挟んでのマーラーの「巨人」。こちらはゴリアテを十分に感じられました。コントラバス勢が良かったですね。ホルン勢は3曲とも通して不満足です。ところで、チューバの奏者席の横に2台のチューバが置いてあったので、てっきりチューバ奏者が2名いるのかと思ったら、2台のチューバを演奏箇所に合わせて1人の奏者がよいしょっと楽器を持ち替えるは初めて観ました。2台にどのくらいの差があるのか、近くで聴いてみたかったですが、今回私の席は4階席だったので、2台の違いまではわかりませんでした。評価点は5点満点の3点です。アマオケとしては上手いです。

映画「パラサイト 半地下の家族」を観て来た。

 昨年の「万引き家族」に続き、カンヌ国際映画祭<最高賞>パルムドール受賞作品というミーハーな理由で、映画「パラサイト 半地下の家族」を観て来ました。韓国映画がパルムドール獲るのは初めてだそうですな。「グエムル 漢江の怪物」「スノーピアサー」の監督ポン・ジュノと名優ソン・ガンホのタッグなのでそこそこ面白いはずだとは思って観に行きました。ちなみにソン・ガンホを初めて観たのは「シュリ」とか「JSA」の頃なので、やっぱずいぶんとシケたオッサンになりましたな、ぁ、そういう役なのか、今回は。しかしカンヌの審査員は「万引き家族」といい今回といい、こういう作品が好きなんでしょうかね? まぁ、「万引き家族」よりは面白かったですが。
 しかし、出だしは強烈ですな、キム家の半地下の住居。水圧の関係か便器が部屋で一番高いところにある、というところがもうたまりません。そして働き盛りの一家4人が総出でピザの箱折りの内職なんて泣けてきます。しかし、便所コオロギのいる部屋で食べ物入れる箱作って、頼んだピザからコオロギが出てきたりしたら、もう箱が不格好どころの騒ぎではないですな。そんな彼らもなぜか職場に赴く一張羅は持っているみたいで、裕福でヒトに騙されたことなんかないんだろうな、ってくらい素直でシンプルなパク家の奥さんヨジョンに取り入ってスルスルと裕福なパク家に入り込んでいくところが前半の面白いところですが、途中セリフにもありましたけど、かの国は大学出のガクのある者も仕事にあぶれているご時世のようで、キム家はみな賢いことは賢いんでしょうな。だから前半は、今たまたま環境に差があるけど、お互いにそんなに差は無いのかな? とも思って観ていたんですが、大雨の後、パク家から一家が半地下の自宅に戻るまでの、雨水の流れとともに坂や階段を下り続ける道のりが、両家の埋めがたい差を可視化してあまりある感じで、観ていてつらかったです。
 しかし、下には下がいるというか、同じようなことを考える者は他にもいる、ってところから物語は急展開。イ・ジョンウン演じるパク家の「元」家政婦ムングァン夫妻を出してきたあたりからが韓国映画らしさ全開って感じで、エグイけど面白かった。北朝鮮アナの物まねには大笑いしてしまった。パク家の長男ダソンの奇行が上手い伏線になっててラストシーンにつながっていくあたりもよく仕掛けられてるし(まぁ、おかげでギテクの行き先はすぐに察しがついちゃったけど)、臭いの話が映画の中盤あたりからちょっとずつちょっとずつコップの水を満たしていくようにギテクの心中に溜まっていって、パーティーの席で一気に溢れちゃった気分も良く分かるようになってる。しかし、ギジョン姉が死んじゃったのは残念だったな。チェンスク母さんの強さで護れなかったんだろうか?逆にギウがあのまま死んでもよかった気がするが、そうなるとモールスが解読できないか。
 評価点は5点満点の4点。ミニョクはダヘのどこが良かったんだろう?